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山崎ナオコーラ『かわいい夫』

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なにかエッセイが読みたいな、と思い、
なんとなく借りた。
かわいい表紙に惹かれて。
期待をだいぶ上回る、
とってもよい本でした。

ナオコーラさん、
すばらしい感性と、
冷静な知性を合わせ持つ文章。

そして、
ざっくり言うと、
愛にあふれてる。

他も読んでみたいー。



この本のなかに、

母親ではなく、親になると決めた

という一節があります。


最初、意味がわからなかった。

それからずっとそのフレーズが引っかかって、
折々に、意識的にも無意識的にも考えてる。


私は子どもが生まれて
母親というものに自分がなって、
単純に嬉しかった。
母親、だと思ったら、力が湧くような感じ。
ナオコーラさんは、
なぜ、「母親」ではなく「親」なんだろう?
って。


でもたしかに、同じ女性に対して、
鈍い暴力にならないように
少し気にしてる。
子育てしなければ、母親にならなければ、
価値のない人生だと言うつもりは全然ない。
(おなじく結婚についても、いえる。)


子育て短歌も、
そういう暴力になってしまわないかと
発信するとき少し気にしてる。

だから、「母親」ではなく
ただ「親」なのかな、
と思ってみたり。

それと。
母親像、というものも世間にはおそらくあって、
自分のなかにもたぶんある。

働くママ、とか、
ママでありつつ起業、とか、、、。
ママ友とか。
ママのための、、、とか。
ママのつくいろいろも、いっぱい。


それに苦しんだり疲れたりするなら、
母親をやめて、ただ「親」になればよいのかもしれない。

社会のなかにある「母親」の像から自由になって、

子どもにとっての、あるひとつの存在。
そんなような、身軽な肩書きなのかもしれない。

なんか、
そう思ったら、
ちょっと気分が軽くなった。
なんだ~、私も、
母親だから、と知らず知らず、
自分を苦しめてたのかも。



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by ik-m | 2017-03-16 09:14

3人の子( 6歳 4歳 2歳 )の母してます。子育てを通して、自分と向き合い、自分を掘り下げるブログ。


by るりまり